とりとめのない時間
ホームページへのアクセスをリアルタイム、さらに国別で分かります。製作者の頭の構造に敬服いたしますね。
何気なく開いたらロシア。カスピ海の北側だからカザフスタンかもしれない。リアルタイムなので、パソコン越しに訪問者がいるようで不可思議だ。「お~~い!ロシアにも春が来たか~~!?」ご挨拶として如何なものか?
塩野七生さんの本でローマ帝国の版図を侵す「元」の記述がある。侵攻のために馬はもちろん、食料の羊も同行するが、餌となる柔らかい草が必須となる。風のようにローマ帝国との国境カザフスタンの大草原を疾駆したモンゴル人に思いを馳せています。
20万人規模の軍隊だが、兵士1人に一頭の馬ではありません。疲れた時に乗り換えるために1~2頭が予備で40~60万頭。それに食料の羊の大移動は壮観だろうな~。
ハタハタの頭を切ってる場合じゃないな。武器を手に持ち向かうは練習場、いざ行かん!
春日井秋田県人会②
フライト時間の飛行機を止めて待たせたことがあった。現顧問の浅田さんだった記憶がある。
もう22年はなるかな?当時農協の組合長も祭りに参加していた。彼はゴルフ大好き人間なので、県人会と男鹿の懇親ラウンドを春日井カントリーで毎年行っていた。ラウンドも終わり、空港に向かう途中、東海林昌治さんの自宅で休憩することになった。
わたしは元建具屋なので、東海林さん宅の「襖」や「組子」が尋常ではないことに気がついた。やはり地元本荘の建具屋さんの作品。それらのことで話が弾んだ。搭乗時間が迫り気が気でなかったが、東海林さんがまだ大丈夫だからと引き止める。そこを振りきって空港に向かったが道路が混んで進まない。浅田さんが空港に「少し待て!!!!」の電話を入れる。もしも待たなかったら新幹線と覚悟し、組合長に話したら同意見。バック担いで秋田までかと暗澹とした。
幸いにも間に合ったというか、間に合わせてくれたのか不明だが冷や汗ものだった。それにしても「行くまで飛ぶな!」はヤンチャの極み。それほど春日井の面々はきかん坊だった。
春日井秋田県人会
男鹿物産展
県人会員扮するナマハゲ。人気のキツキャラ?
春日井市を訪問し始めて28年になる。それだけ長ければ思い出も多い。
はじめは団体職員として参加した。その後独立することになり、20年前44才のとき県人会の皆さんへ報告。浅田さん(左から2番目)から厳しい激励!!「みっとも無いことにならないよう・・」浮かれていた訳ではないが、キツイ一発だった。それから「出資してもいいな~」。苦労人ですね。
ある日魁新聞全面に東海林さん(左端)が載っていた。故人となられた兄と一緒で「頑張る秋田人」というタイトルだったかな?厳しい眼差しの写真だった。(兄と弟さんは別の会社です)徒手空拳で配管設備の会社を立ち上げ、その技術は国内トップクラス。秋田を離れ異郷の愛知に確たる地歩を築いた。
東海林さんにしろ浅田さんにしろ、当時は第一線の企業戦士の風格。怖くて迫力あったな~~!
今は泰然としたいい感じですね。商工会議所の重鎮も一緒に男鹿へきたのですが、そのときの会話から、春日井市になくてはならぬ人になってましたね。
わたしが独立してまもなく20年。「みっとも無いことにならないよう・・」にしてきたつもりですが、仕事って思うようにいきません。
ようやく目処がついたかなという感じだけです。まだ道は遠い・・。
NHKBSプレミアム
新日本風土記NHKBSプレミアム 28日朝6時から再放送。ぜひご覧ください。
富士は日本一の山
14日春日井市の皆さんと懇親会。そこへ男鹿市議会三浦議長も駆けつけた。
三浦さんは「首都圏男鹿の会」へも6年ほど前から出席してたので、多少の顔見知り。そこでいつも司会担当の「安田政規さん」のことを尋ねたら、
幅広く活躍してるとのこと。「フォーライフミュージックエンタティメント」所属で、先日は「陸前高田応援イベント」を手がけたようだ。
いずれにしても男鹿出身の方が精力的に社会貢献してるのは、誇らしい。
フェースブックというのがあります。ご利用の方は「安田政規」さんでアクセスしてください。わたしがお話するよりもいいです。
なんで富士山かといえば、私が大好き。安田さんのフェースブックに載ってたので拝借しました。
雪景色も消え春霞の最近、なんか浮かれてきたので富士で盛大に日記を飾りました。あ~いいじゃ!!
ところで富士も年取ったのか白髪頭だ。
山神さま
新日本紀行で、「山が生かしてくれる」と山神さまに祈りを捧げる場面が印象的だった。
小屋には間伐材が山積みになっている。薪ストーブで一冬焚くためだ。ストーブは暖房の他、調理にも利用する。山には季節の山菜があり、また冬にはハタハタ。量が多ければ漬物や塩漬けで食を賄う。それは私達の昭和30年代の平均的な姿そのもので、自然との共存が社会全体で行われた光景です。
「恵みをください」と山神を敬う素朴な姿勢は、文明に侵された私への警告と受け取れた。
所得が無くて現在の生活を維持できなくなれば、みなさんはどうしますか?わたしは原始の生活に戻ります。もちろんゴルフなど論外で、生存のために農耕や狩猟に明け暮れます。
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず
野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず苦にもされず そういうものにわたしはなりたい
現状を維持しようとするから苦しくなるので、すべてのしがらみから抜ければいいんですから・・。
スイッチひとつでなんでも可能。生存するための知恵を持てないのが現代人だとすれば、わたしは50年前へ戻りたい・維持できないなら。
気温12度の予報だったのでアイアン一本持ち、家内と一緒に練習場へ行った。
いつもだったらいるはずの「哲」の姿が無い。もしいたら「ゴルフは腕力じゃ無い!」「下半身を使えなければフィニッシュまで振りきれない」などあたるを幸い、自分の知り得る知識を全部教授するつもりだった。
ただし同じレベルだと以心伝心だが、どうにも未熟だから「哲」は消化不良になるだろう。しかし人に教える快感は代えがたい。得意の上から目線を駆使して彼を追い込んでも構わない。なにしろ超気持ちいいんだから・・。
隅で黙々と「伸ちゃん」が打ち込んでいた。中学の同期でさらに幼なじみ。「哲」がいない鬱憤を彼で晴らそうと考えた。ニコニコしながら近寄っていく。ところが勢いのあるボールをバシバシ連発。わたしのボールをかなり上回っている。そこで教授は諦め、「一流選手のボールって生きてますね~」とお追従。練習に来てお追従は苦々しいが、人間関係の円滑化には欠かせない。最近大人になった自覚は本物だ。
9月以来5ヶ月ぶりでクラブを握る。はじめは右手一本で30~50ヤードを打ち、次は左手一本で打つ。突然フルショットしても血圧が上がるばかりで効果は無い。ま~このあたりが上級者ですな~アハハ。
細かい動きを確認したのでフルショットしたが、概ね左に飛ぶ。もう少し微調整が必要だ。
「超きもちいいんだから」と書いたら、最近はやりの「暖かいんだから~」を思い出す。なんて志が低いんだろう。男は強さを発揮することが優しさなんだなどと心の中で吠えている。体調がよくなると荒っぽいのがわたしの性癖かな??
やさしさについて、井上陽水さんがライブでこんなお話をしていた。
「女性が男性に求める80%は優しさとのこと。もちろん殴ったりはご法度だが、世の中の価値観が変わってきてて一概には申し上げられないこともあります。密室で殴られて喜ぶ方もいるので、世の中複雑ですね・・オホホ」
新日本風土記・男鹿
NHK新日本風土記
岡本太郎さんが男鹿のナマハゲを「古い民衆の歪められない芸術だ」
荒ぶる冬の男鹿、波をついて繰り出すハタハタ船。男鹿の風土がナマハゲに化身した。
拙い私の日記より雄弁に映像がものがたります。
2月25日 午前8時
2月28日 午前6時 再放送があります。ぜひ御覧ください。
映像のプロってすごいですね。「テレビタックル」とは大違いだ。
柴灯まつりから・・
特殊な体験をすると、語る話の種になりませんか?それが共通だと、昔のことながら仲間どうし俄然話が盛り上がります。
車に轢かれそうになったが難を逃れた。地震を経験した。なまはげが怖かったなどの恐怖体験です。(ただ4年前の三陸のことは、こちらの揺れも凄かったが、現地のことを思うと、とても気の毒で言葉を選ばざるをえません)また、家族総出で頭を切ったハタハタの高揚した時間を共に過ごしたなどです。
個人固有の自慢話は超~~気持ちいいが、友達を失いかねません。例えば成績が良くて神童と呼ばれたのですが、わたしはマナーがいいので口が裂けても言いません・・が、そのころを知ってる人が言うのは構いませんね・・。よく言われるんですよ~~オホホ。本題に戻りましょう。
「男鹿の会」での思い出は「なまはげ」「ハタハタ」が一番です。これはまさに特殊な体験を共有してるからと考えます。
先日の柴灯まつりでは、若いご夫婦の子供連れを多く見かけました。ナマハゲが来ると、子供を抱き上げて接近します。怖いので泣きながら親に必死にしがみつく。親だって子供にしがみつかれたことがないのか、ニコニコしながら子供を守ります。それがなんとも微笑ましい。
ま~そのへんの状況も鑑みていただければ、幼児虐待の嫌疑も氷解するでしょう。ひどい事態が続出すれば伝統行事となりうるはずがありません。
体調・・
少し大きい納品があり、日記はお休みしてました。
というのも、深夜一時まで飲んだらかなり体調悪くしました。
長年の暴飲で、肝臓と膵臓が弱ってます。春日井市懐かしのみなさんが来れば飲まない訳にはいきません。そのため2日前から飲むのを控え、休ませていました。
今までも、少し量が過ぎるとクシャミでアレルギーが出たり、就寝後体全体が重苦しくなって目覚めたりしていたのです。そこで飲み会があると、予定日の二日前から酒断ちして難なく過ごしていました。
今回は飲んだものな~~。ビールは一本くらい。日本酒は懇親会場で3合くらいかな。なまはげ柴灯まつりでは、外人の若者に格好つけたので日本酒何合飲んだか不明。ホテルの二次会でウイスキー水割り5~6杯。これだと休肝日を設けてもどうにもならない量ですね。
それでですね、私はいくら飲んでも外見はまったく変わりません。ろれつは普段と同じ、ニコニコしてる上品な酒飲みです。ま~少しエッチになりますが、それも愛嬌程度。顔色もまったく変わらないんですよ~。ですからお酒を注がれる、飲んでしまうと、こういうわけで酒量が増える。こういうことです。
で、飲み明け当日翌日は日記を一所懸命書いたのですが、疲労感は大きい物がありました。ようやく回復基調となり、やっと書ける状態です。
最近当ホームページのアクセスが多いのです。売るものが無いと書いてるにもかかわらず、多数の訪問者!現状を維持するために書き続けなければなりません。作家には到底およびませんが、毎日の書き込みは大変です。
「良く更新できるな~」と褒められますが、お喋りなのでどうにかなってるようなものです。それが無口になれば・・・酒は控えます。
同級生
お~~い渡辺見てるか~~。
「俺、米屋だけど~」なんと15年ぶりの連絡だった。用事は「岩牡蠣食べたい」「それは夏だから今は無い」で終わり。その後近況報告となる。
「たまにホームページ見てるよ」で、彼はわたしの様子を把握してたようだ。どこで誰が見てるか分からないものだ。
産地は船越。高校生の頃は当地「八坂神社」のお祭りに泊まりがけで遊びに行った。
高校在学時、彼は父を亡くす。通学しながら家業を継いでた記憶がある。そのためか大人にみえた。その後一念発起埼玉で事業を起こす。
「秋田県の物産展」参加のときだったか、自宅まで行った。ときはお正月だったな~。記憶にあるのは朝食の鮭が美味しかったこと。
その後はお互い忙しく連絡も絶えた。
突然の電話でも、毎日会ってるような会話になるのが同級生。なんとも嬉しいものです。
名簿見ながら「ヨネヤ君この問題はどうなるか答えなさい」と物理の先生。
「え~~とですね、わたしの名前はコメヤです。」と渡辺が米屋になりすまして立ち上がった。あの米屋から電話あったぞ!!
春日井市のみなさんと柴灯まつりへ②
会場いっぱいの観客で、結局春日井のみなさんとはぐれてしまった。そこで男鹿市のまつり本部にたむろする。
若者の外人にデタラメの自己紹介をしたりで、結構忙しかったし楽しかった。上品な顔立ちから、得たいの知れない言動を繰り返す私にかなり興味を持ってたみたいだ。みなさん笑顔でお別れしたので、男鹿の好感度は急上昇でしょう・アハハ
男鹿市観光課長も、奇妙な英語でも通じる私の神通力にあきれていたと思う。アハハ
ホテルの二次会は春日井のみなさんの笑顔であふれ、多少でも満足いただけたのではと胸をなでおろした次第。柴灯まつりの片付けを終えた部長も駆けつけ、結局深夜1時に二次会を終えた。
さて帰ろうかと代行車の手配でフロントにいったら、誰もいない・・当然ですね。当直の方に代行社に電話してもらうが不可とのこと。そこで泊まることにしたが、深夜誰もいないのに部屋の準備でもない。春日井ご一行さんの添乗員さんが「わたしの部屋で寝るように・・」
「布団は???・・・」とホテルマン。
「ある場所分かるから大丈夫!!」とわたし。
交流が楽しかったせいで、いかほど飲んだか記憶が無いほどなので、わたしの交渉力もかなりだったのだろう。素直にタオルと歯ブラシを渡してくれた。実に親切な人で、わたしみたいなのがそうそういるとは思えないが、状況判断も適切で大過なく朝まで爆睡できた。ありがとう、次も頼む。
おわかれのご挨拶をしなかったな~~。二次会がおわったら「そいじゃ~~」年一回顔をあわせていると、これで十分ですね。
春日井市のみなさんと柴灯まつりへ
多くの人で身動きが取れず、会場の中まで進めない。やむを得ず大会本部のテントで休憩する。そこは案内所も兼ねながら、竹筒のお酒を300円で販売している。竹筒が300円で中身はタダ。多分沢山飲むので3000円を寄付する。懇親会で飲み過ぎていたようだ。
飲んでばかりいるのも芸がないので販売をお手伝い。
フト見ると20歳くらいの外人さんが寒そうにしてたので
「ヘイ・ユー!カミン」とテントに招きいれる。そこにはストーブが置いてあるし、こも樽一杯の酒もあるので暖を取るには最適。
発音が良いのだろう、沢山の外人さんがテントに入ってきた。日本人も一緒なのでどこからと尋ねたら国際教養大。
「キャリフォルニア」「メキシコ」「一関」「国立」とのこと。
わたしは目鼻立ちがしっかりしてるし「ヘイユー」の発音も堂にいってたので、彼らは盛んに英語で話しかけてくる。わたしのできるのは「ヘイユー」だけなのに・・。
困っていたら隣に警備会社の社長。彼はペラペラなので通訳をお願いした。
「わたしは男鹿で一番頭が良い」
「いいんですか??」
「かまいません!!!!]
「○☓△□」
「オー!」と嘆声が漏れる。
「お金を沢山持ってる」
「いいんですか??○☓△□」
「オー!」
素直に尊敬してくれたので、竹筒の酒を振る舞う。ここでさきほどの3000円が効果を発揮する。
様子を見て、本部の女の子が笑うので
「国際交流とは、このようにするものだ!」
外人の若者を籠絡するのは簡単だ。アハハ
春日井市のみなさん、ようこそ!
厳しいスケジュールの中、時間どおりに到着し、懐かしの面々がバスから降りてきた。
以前春日井祭りに参加し、春日井市へ何度も訪れた小野さん二田さんも駆けつけた。ロビーで東海林会長はじめ県人会さんと10数年ぶりの対面。
小野・二田のご両人も懇親会に参加したらと思うが、現在は当時の役職から離れているので後任の方々に配慮せざるをえない。チト残念だ。
短い再会の時間を過ごし懇親会場へ向かう。何回も言うが、ゆっくり会場で旧交を暖めていただきたかった。それほど県人会さんとの関係は深い。本当に残念だ。
左から東海林会長・浅田顧問・事務局三浦さん。春日井まつりではいつもお世話になっています。感謝感謝!
渡部市長歓迎の挨拶から春日井伊藤市長さんのご返礼。男鹿市からは、特に念入りに祈祷した効果抜群「真山神社の御札」のプレゼント。多分効くと
思う。春日井市さんからもお土産をいただき乾杯となる。
献杯やら話し込んだりで殆ど食事無し。懇親会後全員「柴灯まつり」へ出かけるので加減してお酒を飲む。最近ほどほどを覚えてきたが、63で知ったのは手遅れか?
男鹿名物石焼鍋の披露があり、伊藤市長ご夫妻が味見。浜の玉石を1000度に熱し、木の桶に入れ沸騰させる。その様子を市長は興味深く見てました。一番前で・・。
なまはげ柴灯まつり
柴灯まつりURL http://www.oganavi.com/sedo/
え~~とですね、きょう名古屋小牧空港から春日井市の御一行様が飛び立つはずだが、この天候で旅程が大幅に狂うと思う。
予定では青森空港着で観光し翌日には秋田県大館、夕方男鹿温泉着。食事後「柴灯まつり」に向かう。明日の夕方男鹿入りだから、そこは間違いないだろう。
春日井伊藤市長さんや商工会議所の方々、それに秋田県人会の重鎮3人など総勢15名。明日の会場は男鹿三山中腹なのでかなり寒い。お客様が風邪をひかなければと願う。
昨年10月春日井祭りでお会いして、県人会には随分お世話になりました。帰りのお土産は当地の「松葉カニ」を予定してたが、この荒天では準備ができない。代わりにキンキンかな?
ところでわたしはなにを着ていったらよいのだろう?背広は良いが、山中の寒さに耐えるには不向き。懇親会で耐寒まかないでは失礼なので、背広ネクタイ。まつりへ出かけるときは革靴から長靴に履き替え、背広の下にカシミア、さらに防寒用のジャンバーを羽織ろうかな~。
春の気配
スノーダンプ
突然の寒波に、雪をスコップで放り飛ばした。夜中に背が痛むので目覚める。急に激しい運動をしたので、肉離れになった。
かと言って休んでもいられないので、先ほどまでスノーダンプで除雪する。午後から軽トラックで排雪だな。
ここ一週間もすれば空も落ち着いて春を感じることだろう。
さて、同級生「哲」は練習を始めただろうか。春が近くなればライバルの調整具合がどうも気になる。
渡辺は今年に入ってから5回はラウンドしただろうが、こちらは去年9月からボールに触ってない。
去年は出だしで91回。その後土砂降りの雨にもかかわらず、カッパなしで濡れネズミ。寒くて途中リタイア。
その後86,そして83,畠山さんと2日連ちゃんで80台とは思うが忘れた。それから73だったかな?
それから70で、バックから82で打ち止め。6回とおもってたら8回だった。
春が近くなるとゴルフのことばかり考えている。これはまだいい方だろう。最終バックで同伴の「今君」は、仕事しながらでもご飯食べながらでもゴルフのことばかり考えているそうだ。完全に「ゴルフホリック」ですな~~。9割方のゴルファー今君と同じだろう。
なにかのキッカケさえあれば劇的に内容が変わると考えている。その道を通らなければ、また上手にならない。こんどはこの練習をしてみようとか、ラウンドでこれを注意すればスコアアップ間違い無し、とか考えることは果てしもない。
体の回転がスイングと確信してから内容が安定したのは嬉しかった。60を過ぎると諦めが先に立つが、ゴルフはその点助かる。
自分の体力が衰えてくれば、嫌でも頭を使う。
な~~「哲」。耳と耳の間でゴルフしましょうよ!!ワリワリ
ロシア
「坂の上の雲」にこんな場面がありました。
戦争の可能性が大きくなったころ、秋山好古がロシア陸軍の演習を視察に出かけた。
晩餐でウオッカの飲み比べなどして交遊を深めた。彼らも好古の豪胆さに敬意をもって接してくれた。
「こんないい奴らはいない。しかし戦場で相まみえることがあれば日本のために死力を尽くす」
また、広瀬中佐のロシア貴族の娘さんとの熱愛などもありました。
1945年のソビエト侵攻などはあるが、個人的には好感の持てる連中だと思う。
なんでロシアがテーマなのかは、「パンにイクラ」を紹介くださった仙台の大倉さんの奥様がロシア人だからです。
メールでのやりとりをご紹介します。
「うちは実は妻がロシア人です。なので娘と息子はハーフ、妻の母は北極海に面した港町出身の「超」ロシア人です。笑」
「奥さんロシアですか~。唐突ですがロシア大好きです。『さらばモスクワ愚連隊』など読んでた年代ですから。『収容所列島』は???ですが・・。アハハ」
「以前ロシアからホームページに多くのアクセスがあったと書いておられましたが・うちの関係者かもしれません。笑。それにしても今回のブツ(イクラ)は大好評でした」
「『ブツ』といえばロシアンマフィアが取り扱ってる、『アレ』を連想しますね。」
ここから脱線しますが、大倉さんのロシアそして日本感をご覧ください。
ロシアンマフィアのアレは以外に社会問題になっていなくて・・高価なので限られた人間しか入手できない・・・今は薬局で安く手に入る☓☓☓☓がヤバイらしいです。
ソビエトが崩壊し資本主義が急速に流入したため、ごたぶんにもれず国民の貧富の差がとてつもなく大きく開いてしまいました。ちなみにモスクワは世界一物価の高い高級都市です。笑
ソビエト時代は配給制なので貧富の差ってなかったんですよねたぶん。
んなもんで、貧困層が合法的に買える☓☓☓☓と、車に食わせるガソリンを使って、クロコダイルなる闇ブツを精製するんです。
精製といっても・・・家にある洗面器とか空き缶とか使って・・化学の実験以下で・・・。そんなモン使ったら一巻の終わりですよね。
さすがに香水とかをウォッカ代わりに飲む(飲める??)国です。あなどれません。
そういう意味では日本は民度が高く、常識的な国だと思います。
でもまぁこの国には言いたいことも山ほどありますね・・・私が思うに、日本は非常に閉鎖的で、外国から見ると鎖国しているように見えると思います。
さまざまな国が地続きの大陸では、喧嘩していない限り道路も線路も全て一本で繋がっていますので、文化や物資の流通は良くも悪くも非常に激しいです。
日本の閉鎖性は、国民や政府にとって国内を統治しやすい安易な方法なのですが・・・今回のイスラムのような事件が起こると、安泰ボケで手も足も出ない。
そして安泰ボケしているがゆえに・・・なまはげのような教育的に一理以上もあるような伝統を・・・いじめじゃないかと切り捨てる。そのうち豆まきの鬼もなんか言われるようになったりして。
それなりに地位のあるコメンテーターがしたり顔で一言言うと・・・皆がそっちに向いてしまう。ヤレヤレですよね。
そこまで言うなら・・・各家庭で責任もって子供をしつけているかというと・・・そこは個人の意見を尊重するとか高尚な言い訳によって野放し・・・個人利己主義がまかりとおり自分の権利だけ主張します。
公共交通機関の優先席で寝た振りして堂々と座っている若者なんて、外国では未だ一人も見たことがありません。これホント。
全然違う事象が全て関連して今の日本が・・・・これからの日本が・・・。
詰まり日本は退化し始めているのかも・・・と、ちょっと考える日々です。笑
これらの大倉さんのお話は、私も同意見ですのでご紹介しました。日本のこと、よくおっしゃってくださいました!まったく同感です。
次回はロシアの発酵食品です。
イクラとフランスパン(ロシア風)
あることで、フランスパンにたっぷりのバターそしてイクラもたっぷり乗せて食べることになる。
皆さんはどのような味になると想像できますか?わたしは全く予想できませんでした。
「どんな味か教えてね。良かったら食べるから・・」と息子に告げた。
それは一通のメールで始まった。
うちは実は妻がロシア人です。なので娘と息子はハーフ、妻の母は北極海に面した港町出身の「超」ロシア人です。
以前ロシアからアクセスがあったと書いておられましたが・・・うちの関係者かもしれません。笑
お届けのイクラですが2歳の息子は大好きなので、「ぷちぷちーっ!わーぉ。プチプチー」と小躍りしていました。
ロシアではバターをたっぷり塗ったフランスパンにイクラをたっぷりのせて頂きます。これが意外にも超美味いです。
(私は日本人なので、もちろんあったかいご飯にぶっかけるのが好きですが・・・妻は許せないと。笑)
見た目もホテルで見かけるようなオシャレさんになりますので、是非一度お試しあれ。
息子は嬉々としてパンにバターを塗りイクラを上げて食べた。「結構美味しいかもね~~☺」
わたしのはイクラを乗せ過ぎ、食べる途中でかなり畳に落とした。素知らぬ顔で拾いあげて口へ入れる。
手元にウイスキーだが、ウオッカが合うかもね。
翌日息子は、バターにイクラ、それに「ウニ入り塩辛」でフランスパン一本食べた。
なお2日間二人でイクラ400gは多すぎたような気がする。
これは「いぶりがっこ」に「カマンベール」を挟んだもの。これが結構いける!!恐るべし和洋折衷!!
ガッコをかなり薄く切ります。チーズも挟み込めるように、切り身を深く入れます。浅いとチーズが挟み込めません。
かなり薄く切るので、刺し身包丁を使います。お試しあれ・・。
フェースブックに驚いた
フェースブックで遊んでいたら「友達になりませんか?」のメッセージ。誰かと思ったら、いつも司会で大活躍の安田さんだった。
しかもこの夕焼け。どこに出かけていたんだろう?
このフェースブックは知り合いの方どうしリンクしあい、思わぬひとが思わぬところで出会う。それにしても驚いた。
返信メッセージに「まつぺ」(眩しい)と書きました。
これからも安田さんを覗きに行きますので、張り切ってメーセージください。
この秋、男鹿の会の再会で話が盛り上がりそうだ。
もうひとつ驚いたのが下の写真。
なんと中学の同期生嵯峨さんだった。しばらく見えないと思ったら小さいF1で遊んでいる。
彼は愛知県在住。どうして紹介欄に載ったのか不思議だ。プロフィールに「秋田大学」とあるので、そのせいかな?
どちらにしても元気そうで、良かった!
船中19期,同期生諸君!嵯峨は元気だよ~!
男鹿の会・小野会長
12月22日の日記に全国高校駅伝4位になり、宝塚・畠山さんが応援に行って声を枯らしたと書きました。
その後メールがあり、ご紹介します。
宝塚・畠山です。はや2月となりました。
たまに雪はチラツキますが芝刈はできますよ。といいながら今年はいまだ練習さえ行っておりません。
先週訳あって2泊3日で秋田に帰省しておりました。久々の雪景色と思ったのですが、市内は砂ぼこり・・ここが秋田???
早めに帰省したので次回の勝負は8月、お盆頃の予定とさせてくださいませ。会える日を楽しみにしております
追伸
首都圏男鹿の会・小野会長様とは駅伝完了後の慰労会にて大いに盛り上がりました。
男鹿の人は あったか~~ですね。
会長~~!!行ってたんですか~~!!それにしても奇遇ですね。畠山さんと出会えて良かった。
彼、私の悪口言ってたでしょう、アハハ。
8月一緒にゴルフしますので、会長の話題で盛り上がるでしょう・・悪口は言いませんのでご安心ください。
それから畠山さん。「男鹿の人はあったかですね」は人によります。わたしと小野会長で男鹿のイメージが上がるのは嬉しいですね。